デザイン教育における「情報を処理すること」の本質的追求
〜デザイン情報学科「情報処理I」授業実践を通して

2.2 exercise 02: [restricted communication using e-mail]


この演習は、eメールを使った文章表現だけで、情報伝達を行い「かたち」を伝える実験である。学生2人をペアにさせeメール(テキスト情報)のみで情報伝達の実験を行う。互いに別のモチーフ(図2)を与え、その状況をeメールを用いて伝達し、伝達された側は色鉛筆を用いたスケッチにてその状況を再現する。

 以下に学生が行ったプロセスをまとめる。

1. 送信者がモチーフの状況を言語化してeメール(テキスト情報)を作成(例1)(例2)。

2. 受信者は言語化されたモチーフの状況をスケッチで再現。(図3)(質問などはeメールを用いてのみ行ってよい)

3. 送受信者が情報伝達の過程で生まれた認識のずれを確認し、それをまとめ互いの伝達表現についてeメールにて批評しあう。

例1:図2のモチーフの状況を説明したメールの例(学生作成)
全容:
黄色いプラスチック製の深いトレーに水色の事務用セロテープホルダーが入ってる。
テープのロール部分はホルダーから外されて、真っ直ぐ転がった位置にある。
個々のモノについて説明します。
プラスチック製のトレー:
黄色です。A4サイズで、深さ12cmほどのトレー。
スタッキング用だと思うんだが、長辺短辺ともに2個ずつ辺の中央付近にツメ穴がある。
セロテープホルダー:
全長16cm強。対角線上に斜めに、刃を内側に置く形で配置されています。
対角線の半分よりちょっと長いぐらい。事務用のゴツイ奴です。
テープのロール:
刃の側に飛び出して転がってます。
向きはホルダーと同じく対角線上にきれいに乗っており、直径はホルダーの半分ぐらい。
位置的には、ホルダーの刃側の端からトレーの角までの距離のちょうど中間に転がってる感じです。

例2:図2のモチーフの状況を説明したメールの例(学生作成)
・黄色いプラスチックの容器で、A4の大きさ+1まわり大が内のり(さっきモチーフを描くために配られた紙の大きさよりちょっと大きいくらい)。 深さは12センチくらい。
容器の厚さはプラスチックなので薄い。
でも、一番上の部分だけ、1センチくらい地面と水平に張り出してます。
色は黄色。絵の具の水入れ容器の色みたいな感じ。(←この表現わかりにくいですか?ごめんなさい。)
あと、横に張り出してる部分の角は四角いままじゃなくて、角が取れて、丸みを帯びています。
ふたはありません。
・その容器の中を斜めに横切るように、セロハンテープ(セロハンテープ台のまま)置いてあります。
でも、セロハンテープ自体は、テープが使用できるようにセットされている状態のものをそのまま反対側に出して、でも、テープを切る所にはテープがくっついたままで、ゴロンと出ています。箱の外には出てません。
テープは、テープホルダーから3ミリくらい、ずれてはめてあります。テープホルダーの色は黒で、固定するための金属の棒は銀色です。セロハンテープ台は濃い青色です。


 携帯電話のメール機能等の発展・普及により、学生は日常既にメールを使用して頻繁に情報伝達を行っている。しかし、そこで行われている友人などを相手にした多くの情報伝達は受信者とのコンテクストやコードがあらかじめ特定され、それらに大きく依存したものである。演習後の学生からの感想では、言語のみの使用限定でのコミュニケーションの難しさとともに、いかに今までの情報伝達が受信者とあらかじめ共有された状況に依存していたかを再確認したという者が多かった。特に今回のモチーフのような日常のコンテクストを逸脱した状況を伝えなければならないときには、相手に伝えようとする情報の中に普遍的客観的な要素を含むよう特に注意を払わないと、正確な情報伝達は困難である。この課題演習では、最後に自分が言語によって伝えたイメージを相手がスケッチにて再構成する一連のプロセスを互いに確認させ、伝達時におけるどの要素が要因となりどんな結果を引き起こしたのかを言及するように、互いに批評を行うように指示した。学生は自分の行ったプロセスを客観的に見つめ、より情報伝達時の表現における客観性の重要さに気付いたようである。

 発信者がモチーフを認識し言語化した意味内容が正確に相手に伝わるためには、受信者がその意味内容を解釈するために補完的に用いる知識体系が、発信者が言語化を行ったときに用いた知識体系と十分に均質であることが必要とされる。よって発信者が正確な情報伝達を達成するために、受信者が用いる知識体系の特性を十分に考慮しなければならない。その知識体系とは文化背景や年齢、興味範囲など受信者の個人特性に大きく依存している。正確な情報伝達は、デザインという行為の最も基礎的な部分と位置づけることができる。この点でデザインとアートを明確に区別することができる。アートにおいて発信者の意図は受信者(作品の鑑賞者など)の知識体系の特性に対してあらかじめ十分に配慮する必要はなく、その行為はむしろ受信者の既存の知識体系の修正や新たな知識体系を与える行為であるといえる。(註10

 この演習はデザインという行為が制作側の自己中心的な表現のみで成立すればよいのではなく、受信者の特性に十分配慮して行わなければならない、ということの理解への最も原初的な体感を目的としたものである。

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