デザイン教育における「情報を処理すること」の本質的追求
〜デザイン情報学科「情報処理I」授業実践を通して

4. おわりに


 授業開始当初の学生たちは、電子メールやインターネットの基本、HTML作成の演習など表面的な技術操作修得にばかり目を奪われて、入学以前にコンピュータを触ったことがあるという程度の者が、今回の授業で初めてコンピュータに触れる学生との間に、自らあるヒエラルキーを形成し、優位に立っているかのような幻想を抱いていたようである。またその表面的な情報処理能力が独り歩きし、これからのデザインという行為における基礎的部分を築いているという包括的な理解は得られていなかった。しかし、授業が進みそれぞれの理解が深くなる毎にその安易なヒエラルキーは崩壊し、本授業の背景に流れる情報の体系・構造、情報伝達、表現の諸相が、従来のデザインの基礎力とされている造形力と共に、デザインの基礎を形成していることに気付きはじめたようである。各自がこのような位相で理解をより深めるとともに、今後の学生生活においてよりこの基礎力をもとに発展を遂げていけば、数年後には、従来のデザイナー像とは異なる人材が多く出現し社会を活性化させるであろう。

 情報を扱う教育の視座に関する議論は、現在も工学的見地や理学的見地から語られることが多い。その議論において共通であるのは、コンピュータをはじめとする情報機器の操作方法修得に主眼があるのではなく、人間の活動を中心とした情報の流れの理解と適合に向けられるべきであるということである。しかし、社会全体においてこの目標の本質的理解とその達成に向けての具体的な方針が未だ不明確であるように思われる。これにあたっては人間のコミュニケーション活動全般を主眼にした理念形成が必要とされるが、それは工学的及び理学的見地のどちらを重視するかということではなく、両見地を取り入れさらにその他の領域にも言及する必要がある。ここで、もとより人間のコミュニケーションプロセスや思考・生活様式を常に包括的な視点で周辺領域と連携しながら実践してきたデザインという概念を取り込むことが最も有用である。

 しかし、入学当初の学生でさえ、デザインという行為を単なるモノの表面的な美的側面を扱う「創造的な表現主体のもの」と一義的にしか理解していない者が多い現状であり、社会全体においてデザインという多義的な行為の理解が得られているとは言い難い。このようなデザインに対する理解不足は、高等学校以前の教育課程においてデザインという概念が正確に扱われてこなかったことに一因がある。文部科学省新学習指導要領の高等学校「芸術」(註12)の項においても、未だにデザインは、教科「芸術」の中の「美術」の一単元として扱われ、現在でもあくまで「創造的な表現主体のもの」という解釈のもとに位置づけられている。他にも社会的に独創的なデザイナー達による芸術表現としての系譜が未だ根強いこと、市場の活性化のみを主眼にした消費者の欲望を喚起するための商品の「スタイリング」という側面が重視されてきた(註13)ことが原因に考えられる。しかし、デザインという概念は単なるモノの美的側面を扱うだけでなく、モノの「価値」という意味情報を操作する面を合わせ持ち、それぞれの時代の人々の生活様式を決定する大きな要素であったことが多くの近代デザイン史研究(註14)から明らかになっている。

 一方、前掲の新学習指導要領に基づき、2003年度から高等学校普通科において「情報」が必修科目として開始される。その教育目標の一つに「情報活用の実践力」が掲げられ、「課題や目的に応じて情報手段を適切に活用することを含めて、必要な情報を主体的に収集・判断・表現・処理・創造し、受け手の状況などを踏まえて発信・伝達できる能力(註15)」と述べられている。この能力は、本稿でここまで言及してきた、デザインプロセスをひとつの情報処理プロセスと捉えた観点から導かれたデザインの基礎能力とほぼ合致する。ここに社会的に誤解のもとに扱われてきたデザインの概念を改め、社会に広く浸透させうるきっかけがあり、同時に高等学校の新科目の教育理念形成にデザインが大きく役割を果たす可能性がある。本稿で紹介したような課題演習を行う基礎教育をより整備・体系化し、デザイン教育と情報教育がうまく融合していく経験を大学などの高等教育機関で高め蓄積していくことが、近年初等教育にて求められている情報を扱う新科目の教育理念形成に大きく貢献することになると考える。

 本稿ではここまで、デザインプロセスをひとつの情報処理プロセスと捉え、その基礎能力を育成するための一方法論を提案してきた。この視点を広げてデザインを定義すると、デザインは問題解決の一技法であると捉えられ、デザインプロセスは問題発見から解決へと結ぶ一連の問題解決プロセスであると定義することができる。デザインを一連の問題解決プロセスという観点から捉えたデザイン方法論の研究は、古くはウルム造形大学に遡りその後も多くの研究がなされてきた(註16)が、コンピュータと電子ネットワーク、ディジタル技術などに高度に媒介されている現在の情報社会の現実をリアルタイムに捉えた研究はいまだ少なく、狭義の情報デザインという範疇に収まらないこの分野の先駆的研究が、本学に新しく発足したデザイン情報学科の使命であるといえるであろう。

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